読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

選挙と戦争

戦争が良くないのは当たり前だけれど、なくすのは難しい。

なんで難しいか?と考えると、人間は、相手に死んでほしいと願うことも、殺して何かを得たいと望むときもあるから。

願望を行動に起こすかどうかは別にして。

 

現実に殺人はしなくても、選挙で武力行使を辞さない人に投票するのはあり得る。
フィリピンのドゥテルテ大統領なんかはその典型。

 

実際に殺人を起こすよりも心理的ハードルが低い投票行為によって、軍隊の指揮者を選んでいることになる、ということ。
気楽な気持ちで投票してしまう、と言い換えれるかもしれない。

 

暴力を振るわないけれど、暴力を振るわれてもおかしくないレベルの挑発行動はあり得る。
それでも暴力に訴えたら負けだ、という意識が高ければ、別の手段での対抗を考えるんだろう。
例えば、北朝鮮は国際社会からの制裁に対して、武力は使っていない。
武力を持っていて、使う可能性もあるぞ、と言っているだけ。

 

それで、過剰防衛精神を働かせて、例えば核ミサイルの排除のために戦争するぞ(イラク戦争のように)、と、国際世論が動くかもしれない。世界平和のためだ!という正義によって、悪を叩く、わかりやすい構図。
北朝鮮は、石油利権のない土地だから放っているだけなんだろう。

 

利害があれば、暴力も辞さない、
実際に行動するかどうかは別にして、選挙で、対外政策に暴力も検討すると言う政治家に投票するのは、よくあることだろう。

 

共産党のような、暴力はどんな場合にも否定する、という精神が、世界的な一般人格として広がらないかぎり、戦争はなくならない。

抑止力で、戦争をしないことが利害に一致する、という理論もあるけれど、抑止力はバランスの維持が必要で、バランスは立場によって変わる。

だから、互いにとって、バランス維持のための戦争も起きる(ベトナム戦争など)。

 

人間が、暴力で相手をねじ伏せる、という思考(=投票につながる)を持つ限り、
戦争が起きるのは避けられないんだろう。
暴力が可能ならば、国家間の裁判なんて無意味に陥るだろうし。

それでも、ぎりぎりのバランスをとって、少しでも長く平和な日を長く保てるような、
そんな政治家に投票したいな。

武力をなくせ、という主張は、抑止力を捨て去ることだから、かえって戦争が起きるだろうし。

人間の愚かさを受け入れつつ、バランスをとるしかないな。

 

実生活でも、バランスが大事なのは同じだな。
暴力とまではいかなくても、相手の言うがままになってしまったら、
自分の人生は歩めないし、かといって自分が主張するだけなら、
相手との関係が継続しなくなるかもしれない。

いろんなバランスがあるけれど、思考は偏りすぎないように心がけよう。

では、おやすみなさい。